■リンゴとミカンのどちらが好きか

 

今回は、人々がリンゴとミカンをどれだけ買うのかを考えてみましょう。ちなみに、世の中にはリンゴとミカンしか無いとしましょう。実際には何百万種類の商品から選ぶのですが、それでは複雑すぎるので、とりあえず入門経済学では単純化して考えよう、というわけです。もちろん、「食べ物と着るもの」でも「物とサービス」でも良いですが。

 

人々がリンゴとミカンをどれだけ買うかを考える時には、当然「リンゴが好きな人はリンゴを多く、ミカンを少なく買い、ミカンの好きな人はリンゴを少なくミカンを多く買う」わけですから、人々の好みを考える必要があります。

 

ある人に、リンゴとミカンの入ったバスケット(または箱)を数種類見せて、どちらが欲しいかを聞くとします。「どちらも同じくらい欲しいから、選ぶのは難しい」と答えたら、その二つは「無差別である」と呼びます。

 

いま、表のような5つのバスケットが無差別だとします。リンゴばかり、ミカンばかりでは飽きてしまうので、15個あってもそれほど嬉しくない、というわけですね。

 

 

りんご

みかん

バスケット1

15

0

バスケット2

9

2

バスケット3

5

5

バスケット4

2

9

バスケット5

0

15

 

では、この人はリンゴとミカンを何個ずつ買うでしょうか?と聞かれても困りますね。値段がわからないからです。リンゴがミカンの100倍の値段だったら、ミカンを15個買って終わりでしょう。同じ値段なら、リンゴとミカンを5個ずつ買うでしょう。5つのバスケットが同じ満足度なのに、値段は3が一番安いからです。

 

そうです。人々がリンゴとミカンを何個ずつ買うかを考える際には、人々の好みと、「値段の比率」が重要なのです。

 

ちなみに、上の表をグラフにしたものが「無差別曲線」と呼ばれるものです。本稿では、諸般の事情によりグラフは示しておりませんが、決して筆者のパソコンの知識が乏しくてグラフが描けなかったなどとお考えになりませぬよう(笑)。

 

■経済学には「一物一価の法則」あり

余談です。経済学が如何に現実離れしているか、という話です(笑)。上の表を見た読者は、「ミカン村では人々はミカンばかり15個食べているはずだ。ミカン村にリンゴを2個持っていけば、ミカン6個と交換してくれるだろう。そのミカンを4個食べて、残った2個をリンゴ村に運べば、リンゴ6個と交換してくれるだろう。これを繰り返せば、毎日ミカンとリンゴが無料で食べられる」と考えたかも知れません。それは、世の中の常識から考えると、全く正しいのです。リンゴ村とミカン村の間を往復する交通費等を考えなければ、ですが。

 

しかし、経済学には「一物一価の法則」というものがあり、リンゴ村でもミカン村でもリンゴの値段(本件の場合にはリンゴとミカンの交換比率)は同じだ、という事になっているのです。読者が考えたような事は多くの人が考えるだろうから、そうした人々によってリンゴ村にはミカンが、ミカン村にはリンゴが多数持ち込まれているので、読者が出向いた時には既に人々はリンゴとミカンを同じ個数ずつ食べているはずだ、というのです。

 

連載の初回に書きましたが、経済学は「こういう前提を置いた場合にどうなるか」という頭の体操をする学問なので、まあそういう物だと思っておきましょう。もちろん、実際にはリンゴ村とミカン村で値段が違う、という話を研究している経済学者もいるとは思いますが。

 

 

■金持ちと貧乏人で買うものが違う?

表は、庶民が普通に買える範囲のリンゴとミカンの量でしたが、金持ちは給料が3倍あるとすると、リンゴとミカンを何個ずつ食べるでしょう。おそらくリンゴもミカンも庶民の3倍食べるのでしょう。

 

しかし、芋とマツタケだったらどうでしょう。芋を庶民の3倍食べたら、満腹すぎますから、金持ちでも芋は庶民と同じだけしか食べずに松茸を大量に食べる事になるでしょう。芋と松坂牛だったら、金持ちは松坂牛を大量に食べるでしょうから、それで腹が満たされて、庶民より少ない量しか芋を食べないかも知れません。

 

このように、所得が増えていくと芋や松坂牛の消費量は変化していきますが、増えるとは限らず、減るものもあります。世の中に芋と松坂牛しか無かったら、大金持ちは芋は食べませんからね(笑)。こうした変化を「所得効果」と呼びます。

 

■リンゴが値上がりしたら人々はミカンを食べるようになる?

リンゴが値上がりしたら、リンゴを食べる量を減らしてミカンを食べる量を増やすのが普通ですね。これを「代替効果」と呼びます。でも、本当にそうなるとは限らないのです。ここからは、チョット難しいです。

 

リンゴの値段が2倍になったとします。とりあえずリンゴを買う量を半分にして、ミカンは以前と同じだけ買うと考えてみましょう。予算は以前と同じですね。さて、ここから更にリンゴを減らしてミカンを増やしますか?もしかすると、ミカンばかり食べていてリンゴが足りないと感じる人もいるかも知れませんよ。そういう人は、リンゴを半分にしたのは減らしすぎだから、リンゴの減らし方を緩やかにして、予算の制約もあるからミカンも少し減らそう、という行動をとる可能性もあるわけです。

 

極端な場合には、値段が上がった物の消費量が増える場合もあります。芋と松坂牛を同量ずつ食べている金持ちは、芋の値段が10倍になると、芋を買う量をとりあえず10分の1にするでしょう。しかし、それでは空腹で耐えられませんから、松坂牛を減らして芋を増やす行動に出ます。芋の値段が10倍になっても、まだ松坂牛の方が1グラム当たりの値段が高いからです。

 

問題は、それがいつ止まるかです。給料の全額を出して芋を買って、ようやく空腹が収まるという場合には、松坂牛を全く食べずに芋を従来より多く食べる事もあり得るわけです。まあ、値上がりするほど消費量が増える物など、普通は滅多に無いでしょうが(笑)。

 

■給料を貯金するか否かは金利が関係する

一生に一度だけ贅沢をするとして、今でしょうか、将来でしょうか。それは、人々の好みにもよりますが、金利にもよります。金利がゼロなら、今のうちに贅沢をしよう、という人が多いでしょうが、金利が猛烈に高ければ、我慢して将来楽しもう、という人が増えるでしょう。

 

「芋と松坂牛」を「現在の消費と将来の消費」に置き換えて、「芋と松坂牛の価格比」を「利子率」に置き換えて考えればよいのです。値段が2倍なら多くの人が松坂牛を食べるでしょうが、値段が1000倍なら庶民は芋で我慢するでしょう。同様に、明日の贅沢より今日の贅沢の方が嬉しいというのは、誰でもそうでしょうが、金利が猛烈に高ければ、将来の超贅沢と今日のチョイ贅沢を比べて、前者を選ぶ人も多いでしょうから。

 

■時給が上がるとバイトの時間は増えるか

アルバイトをしている学生は多いでしょう。学生は「時間はたっぷりあるが金がない」のが普通ですから、時間を金に交換するとハッピーになれるからです。しかし、バイトの時間が増えていくと、次第に遊ぶ時間(および勉強や睡眠などの時間)が貴重になってくる一方で、金が貯まるようになり、それほど金が欲しいとは思わないようになってきます。だから、ある程度以上にはバイト時間は増えないのです。

 

さて、バイトの時給が上がったとします。「価格効果」としては、「1時間の余暇を選ぶか1時間分のバイト代を選ぶか」を比べた時に、バイトの時給が上がればバイトの時間が伸びる方向の力となるでしょう。しかし、所得効果は違います。バイトの時給が上がると、今のバイト時間でも十分な資金が手に入るので、時給が高いからと言って遊ぶ時間を犠牲にしてまでバイトをする気になれない、という事も考えられます。特に、「最低限の生活費だけバイトで稼いで、あとは勉学に集中しよう」という学生は、時給が上がるとバイト時間を減らすはずです。

 

昨今の労働力不足によって、学生アルバイトの時給が上がりつつありますが、これが学生のアルバイト時間を減らす方向に作用して、一層世の中の労働力不足が深刻化するとしたら、皮肉なものですね。

 

 

今回は、以上です。なお、本稿は厳密性よりもわかりやすさを優先していますので、細部が不正確な場合があります。事情ご賢察いただければ幸いです。

 

 

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